岸田新総理の所信表明演説で「看護・介護・保育などの現場で働いている方々の収入を増やしていく」と介護職などの所得を引き上げるとしています。
本記事では介護職の視点から
考察していきます。
介護職の給与が改善されれば「ケアの質が上がる」「介護業界の人手不足が解消される」ことにもつながるとの見方もあり、実現するのか岸田総理の言動が注目されています。
ただ介護職の賃金アップを実現するには介護報酬の引き上げが必須。となれば問題はその財源はどこから出るの?という疑問です。
例えば財源確保のために保険料の見直しがされた場合、介護料金や自己負担額が増える可能性もあり高齢者やそのご家族の負担が増すことになります。
実現には問題も多そうですが、介護職に関わる者としては期待が高まりますね。介護職の賃金アップは実現可能なのか、実現すればどのように影響するのか見ていきましょう。
介護職の給与改善が実現されるとどんな影響があるか
介護業界の慢性的な人手不足が解消される?
介護職の数は増えるが、すぐに離れてしまう状況も考えられる
介護職全体の給与改善がされれば「給料いいなら介護職やってみるか」と介護職を始める方は増えるでしょう。ただそれが一時的なものでしばらくすると減ってしまう可能性も考えられます。
給料が良くなったからという理由だけで介護職を始めると、介護職の本質を理解していないためギャップに面食らってしまうことになります。
そうなると「実際やってみたら自分には合わない…」「思ってたより大変…」となり1週間も経たずに辞めてしまうケースも出てくるでしょう。
「賃金アップしたから介護職やってみよう」と興味を持つのは、介護職を始めるきっかけとしては全然ありだと思います。きっかけの次の段階として、これから未経験で始める仕事についてリサーチしてみることが大事。
- 介護職が具体的にどんな仕事内容なのか
- 大変さはどんなことなのか
- 調べた結果、自分に適性があるのかどうか
これから始める仕事について給料以外に何も知らない状態では、続かないのも無理ありません。介護職には介護職の大変さ、他の仕事には他の仕事の大変さというものがあります。
今回の賃上げをきっかけに介護職に興味を持った方には、まずリサーチしてみて「自分は介護職に適性があるのか?」「苦手でも仕事だから割り切って続けられそうか?」を判断してから応募してほしいものです。
他業種・他職種と比較して給料の差が埋まるのかどうかが重要
介護職に携わっている人のなかには、給与額に不満を持っている方も少なくありません。今回介護職の賃金アップが実現すれば、不満が改善される可能性があるので多くの介護職にとって嬉しい動きです。
ただ介護職の平均給与額は全産業給与額の平均と比較し、約10万円ほど低いといわれています。ですので今回「とりあえず少し賃金アップしました」程度では、根本的な不満の解消とはなりませんよね。
また介護業界の慢性的な人手不足に関しても、給与の低さが一つの理由になっています。「やっている仕事内容に対して給与額が釣り合わない」という意見もそうです。
介護職以外の他職種・他業種と比べて、格差がなくなるレベルでの給与改善が望まれます。そこまで行ってはじめて、
- 介護職の給与への不満の解消
- 介護職の慢性的な人手不足の解消
が期待できます。
とはいえすべての介護職の平均給与を一気に10万円近くアップするのは現実的ではありません。他職種との平均給与の格差を踏まえたうえで、今回の政策でどう折り合いを付けるのか注目です。
賃金アップによりケアの質が上がる?
給与改善=介護職の質が上がるではない
介護職の賃金が改善されたからといって「=ケアの質が上がる」ではないと個人的には思います。
介護職に携わっている人のなかには残念ながら質の低い人も一定数います。彼らは「介護職なんてやってられないけど、他にやれることがないからやってるだけ」といったスタンスで働いています。
こういう人たちは介護職の人間関係をハードにしている原因でもあり、ケアの質がどうこう語る土俵にすら立っていません。
給料が上がったからといって「不平不満を持ちながら向上心も持たず介護職にしがみ付いている」人たちがいい方向に変わるとは到底思えません。給料が高くなった分、よりしがみつくだけです。
ただ職場にしがみ付いているだけならまだしも、こういった人たちの迷惑なところは他の介護職のモチベーションまで下げてしまうことにあります。中には職場での自分の立ち位置を守るために他者に嫌がらせをする人もいます。
介護施設全体のケアの質が上がるために必要なのは賃金アップではありません。こういうスタンスで介護職に携わることをさせない社風や指導が必要です。
やる気なく勤務したり他者に嫌がらせをしてる人に「これでいいんだ」と思わせない雰囲気を作り、まっとうな介護職が嫌な思いをしない職場にすることが結果的にケアの質向上につながるはず。
介護職の賃金アップは嬉しいニュースではありますが、ケアの質が上がる要因とは直結しないでしょう。
資格や経歴などによる段階的評価になれば質の高い人材が増える?
今回の介護職の賃金アップが、
- 国家資格である介護福祉士の有無
- 職責やキャリア
などに着目した段階的評価になることに期待します。介護福祉士協会会長がこのように声明を出されていました。
たしかに資格や経験関係なく一律に上げるのではなく、段階的評価により賃金アップをするなら長期的な視点で介護職に取り組む人の総数が増えていくことにつながりそうですね。
長期的視点で思考できたり努力を積み上げられる人=質の高い人材です。今まで以上に資格や経験が給与アップに直結するなら、モチベーションがアップする人は増えそうですね。
ただ懸念点としては経験の浅い介護職の賃金の上り幅が少なければ、未経験で始めるきっかけ(=人材確保のきっかけ)としては少し弱くなってしまうかもしれません。
また賃金アップの具体的な策の検討段階で、実際に介護職に携わっている「現場の人間」の意見を聞きそれを踏まえたうえで案をまとめてほしいものです。介護職を経験したこともない人が集まって策を講じたところで的外れになってしまいそうですからね。
職場の人手不足が改善されればやれることは増える
職場の人員がカツカツで一人で多くの介助や業務をやりくりするワンオペ状況だと、介護サービス利用者に寄り添った介護・介助はできません。
しかし職場の人員が確保され充分になったとすればやれることは増えます。
例えば
人手不足が解消された時、今までできなかった質の高いケアができるかどうか。それは増えた人材をどう使うか、またいい方向へ舵取りできる管理者がいるかどうか次第です。
そういった管理者がいる施設なら人間関係も良好になり、チームケアもはかどります。質の高いケアの実践には、質の高いケアを理解・実践・指導できる管理者・上司が不可欠。
とはいえまずは人手不足では話にならないので、介護職の給与改善が人材確保につながることに期待です。
介護職の賃金アップ、実現性は?
財源はどこから?
安倍元総理の経済政策アベノミクスでは株価上昇・企業利益は史上最高になりましたが、岸田総理は「経済成長の恩恵を受けていない人たちがいる」と指摘しています。
介護職などとその他の職種との経済格差をなくすべく、賃上げした企業を税制優遇するとも発言しています。
しかし実現性はどうでしょうか?演説で希望を持たせてくれることは嬉しいですが、財政の確保はどうするの?という疑問が出てきます。
税制優遇に関しては安倍政権でも企業に賃上げを促したものの、効果は微々たるものでした。また消費税に関して岸田総理は「当分の間増税しない」と明言しています。
金融所得課税の検討
株取引などで得た利益にかかる税金。岸田総理はこの税金を増税することを検討し、介護職などの賃上げに利用する案について言及しています。
ちなみに所得税は年収1億円までは収入が高いほど負担率も高いです。高所得者ほど税金がかかっているイメージがありますが、1億円を超えると税率は低くなっています。
これは株取引による所得が多いためで、今後増税するか検討する見通しですがこれには高所得者からの反発がありそうです。
特に一律25%などにした場合、高所得の富裕層のみならず所得の中間層までも負担が増えてしまうといったとばっちりもあります。
法人税を戻す・優遇税制の見直し
企業がビジネスにより利益を出した際、法人税を納める義務があります。安倍元総理は安倍政権時、この法人税を引き下げています。
元々30%だった法人税が引き下げられ現在は23.2%になっており、財源確保のためにこの法人税を30%に戻す可能性があります。
それ以外にも優遇税制の見直しの可能性も。優遇税制とは研究開発の促進や国の利益上必要とみなされる研究であれば、それにかかる税金を優遇するものです。
しかし介護職などの賃金アップの財源確保目的で、これらの政策を取れば経済界からの反発が考えられるため可能性は低そうです。
保険料アップ、介護料金や自己負担額が増える可能性
介護職の賃金アップを実現するには介護報酬の引き上げが必須。
その財源確保のため医療保険・介護保険の見直しを行い、保険料を上げる可能性もあります。保険料が上がる=国民の負担が増えます。
保険料が上がれば介護料金や自己負担額が増えることになり、
- 高齢者やそのご家族
- 40歳以上の介護保険対象者
- 保険料を負担している企業
など国民からの反発が出てくるでしょう。
つまり消費税や法人税・保険料の見直し、優遇税制の見直し、金融所得課税…財源確保のためにどれを選択しても反発が出ることが予測されます。
しかし介護職などの賃金アップを明言している以上、その財源確保のためにはどこかしらにしわ寄せがいく(負担が増える)ことは避けられません。
これらの反対の声を押し切るのか、納得を得られるように調整していくのか岸田総理の言動に注目です。
実現できるのか
○○加算という名目で分配は事業所次第になるかも?
国としては賃上げを目指し動いていても賃上げのために入ってきた資金をどう分配するのかは事業所次第になり、恩恵を受けられない職員が出てくる可能性もあります。処遇改善手当てがまさにそうでしたね。
その場合
- 誰の給料を上げるのか
- どんな条件で上げるか
- 現場の介護職は給与加算の対象から外すのか
分配は事業所次第になり、中にはまったく恩恵を受けない(=賃金アップしない)職員も出てきてしまうでしょう。
介護福祉士の処遇改善手当でも厳しい条件を満たした者のみ対象だったり、条件を満たしていても給料に加算させてくれない事業所もあります(要はピンハネされてしまい、経営者だけが得する状況)。
事業所に分配を委ねると事業所によっては、現場で頑張っている介護職には恩恵が届かないことが出てきてしまう可能性もあります。
事業所視点では「利益を出すには人件費を抑えたい」ので大幅な待遇アップは厳しい
事業所(経営者側)の視点で見た場合、「利益を上げるためにはコスト(支出)を抑えたい」のは当然です。経営コストにはさまざまあり、大きなところは特に削減したいもの。例えば人件費です。
介護サービスを提供した事業所や介護施設は、各都道府県の国保連から介護報酬の審査・支払いを受けます。その国保連から支払われたお金=介護報酬で、介護職の給料は介護報酬から分配される。
つまり介護報酬額が決まっている以上、介護職の給与額(=人件費)を抑えないことには利益が出せません。やたらと介護職の給料を増やすわけにはいかないのが実情です。
今後介護報酬の予算がどれだけ増えていくのかにもよりますが、この経営者側の実状をを踏まえると一気に「介護職の所得倍増」というのは厳しい可能性が考えられます。
介護職賃上げの具体的な策を年内にまとめる方針を表明
岸田総理は令和3年10月14日の会見で、「介護職などの賃上げについて、年内までに具体的な策をまとめる方針」を表明しました。岸田総理の本気度がうかがえて介護職としては嬉しい動きですね!
しかしリソースの分配というのは今ある資源・資産を削って他へ回すということなので、どこかしらにしわ寄せが行くということでもあります。いきなり大きなしわ寄せ(=負担)がかかるような策を取ることは難しいのではないでしょうか?
ですので将来的には徐々に賃上げされていくかもしれませんが、「所得倍増」とまではは難しいと予想します。
急に賃金の水準がアップしてしまうと、運営している介護事業所などの企業収益が悪化してしまうリスクもあります。そのため実際は現実的なペースで賃金アップしていく形になりそうですね。
どちらにせよ来年に具体策をまとめる方針とのことなので
近いうちにこの政策が、「介護職にどんな影響を与え、どう変わっていくのか」分かります。介護業界にとって良い追い風になるよう、期待を込めて動向を見守りましょう。
追記…早ければ来年2月にも賃金アップを実施、職種ごとに5千~1万アップ見通し
11/7追記…令和3年11月7日、他業種に比べて処遇改善が遅れている介護職などの賃金アップを、早ければ来年2月にも実施する検討に入ったとしています。
職種ごとに概ね月5千円~1万円ほどアップする見通しで調整しているとのことです。
岸田総理は「新型コロナウイルスの最前線や福祉の現場で働く人の賃金アップを分配戦略の柱に位置付ける」との意向。